「子どもを残しては死ねないから、移植は怖くなかったです」20代でTリンパ芽球性白血病を発症した木村さん。

PROFILE
木村 夏穂(きむら なつほ)さん
26歳でTリンパ芽球性白血病を発症。
化粧品販売員。
ちょうど世の中で新型コロナウイルスが流行り始めたころ、体調不良を感じました。販売員として店頭に立っていたのですが、貧血っぽい症状が起き始め、その後発熱しました。仕事はすぐに出勤停止になり、いろいろ病院を駆け回ってPCR検査をしましたが陰性で、風邪と言われました。それでもなかなか熱が下がらないことを相談したところ、血液検査で白血球数の異常が判明し、大きい病院で検査した結果「Tリンパ芽急性白血病」と診断されました。最初の体調不良から病気がわかるまで1か月くらいかかりました。
20代でがんになったことはとてもショックでしたが、池江璃花子さんが白血病を克服したというニュースを見ていたので「自分も治るだろう」と思いました。ただ、当時2歳になったばかりの娘に会えないということが一番ショックでした。新型コロナウイルスが流行している中での入院だったので家族とは面会もできませんでした。
まずは抗がん剤治療を行いました。治療中に「すぐにでも骨髄移植をしたほうがいいんじゃないか」と主治医に言われ、セカンドオピニオンに行ったのですが、今は抗がん剤治療が効いているからまだ移植はしなくていいんじゃないか、ということで治療を続けました。抗がん剤治療は免疫力が低下します。私は治療中にカビに感染したことがありました。後から聞いたんですが、そのカビは致死率60%だったみたいです。これが1回目の山場でした。そこから持ち直し2年半の抗がん剤治療の末に寛解しました。
仕事が好きだったので、寛解後はすぐに「働きたい!」という思いで仕事を探しました。前職は退職しましたが、同じ業種の会社に転職することができました。しかし治療を終えて4ヶ月で再発。1週間で退職することになりました
再発してからはすぐ「骨髄移植をしましょう」ということになり、骨髄移植で有名な病院で移植することが決まりました。再発はもちろんショックでしたし、骨髄移植はリスクがあることを理解していましたが、子どもを残しては死ねないから、怖くなかったです。家族の中で適合者を探しましたが、母と妹はドナーになれず、父がドナー候補でしたが、年齢的にも、もっと若い人の方がいいとの事で、骨髄バンクでドナーさんを探すことになりました。
病院で「HLAがフルマッチすることは奇跡」と聞いていたので、自分とフルマッチのドナーさんが10人もいるということを聞いたときは驚きました。そして全然知らない人への提供にもかかわらず承諾してくれたことは本当にありがたかったですし、恵まれているなと思いました。 2ヶ月という早さでドナーさんが見つかりました。
前処置の前の抗がん剤治療中に耐性大腸菌と肺炎にかかり、生死をさまよいました。これが2回目の山場です。何とか持ちこたえ、前処置を行いました。前処置はしんどかったですが、すでに抗がん剤治療や様々な医療処置を経験していたので、このくらいまでは行けるなっていう気持ちの余裕がありました。ただ、血球貪食症候群にかかってしまい、放射線をしたのは覚えているのですが、抗がん剤をすべて打ち終わったかは覚えていません。
移植が決まってからもドナーさんの骨髄液が届くまでは不安だったので、届いたときは本当に感動しました。移植後はすぐにドナーさんにお手紙を送りました。痛い思いをしてでも見ず知らずの他人を助けたいという気持ちに感謝しかありませんでした。ドナーさんからもお返事をいただき嬉しかったです。
移植後は口腔内が非常に荒れ、食事を取ることも唾液を飲み込むことさえも難しい状態が続き、医療用麻薬で痛みを抑えていました。またそれ以外にも皮膚がかゆくて、全身の皮がむけてしまいました。今でも皮膚に色素沈着が残っています。化粧品メーカーに勤め、肌には人一倍気を遣っていたので、そこが一番辛かったです。
まずは働きたいです。1度寛解して社会に出られると思ったのに再発したときにはすごく落ち込みました。しかしドナーさんや医療関係者、家族の支えがあって移植を乗り越えることができたので、今の1番の目標は社会復帰です。肌が戻らない限りは化粧品の販売員に戻ることは難しいと思いますが、違う仕事でもいいので自分に合った職を探したいと思います。
家族は私の闘病生活を支えてくれて、特に主人は採血とか大嫌いだったのに、献血に行くようになりましたし、骨髄バンクのドナー登録もしてくれました。今までは入院が重なり子どもの発表会にも参加することができなかったんですが、保育園の卒園式には参加できそうです。4月には移植前に一緒に買いに行ったランドセルを背負う娘を見るのが楽しみです。
今はまだカビに感染する可能性があるから掃除機もお風呂掃除もできず、満員電車や外泊は避けていますが、元気になったら家族で旅行に行くのが楽しみです。